修復家インタビュー (2/2)

伊藤信夫(リードオルガン修復家)

text by 鈴木りゅうた

もう少し構造についてや修理のどんなことが起こるのか話を掘り下げて尋ねると、伊藤信夫は、模型や細かい注意点、エピソードを交えて説明してくれた。
まず鍵盤を押してからそれに対応したリードへ空気が吸い込まれる仕組みや、音色の変化はどのようにおこるのか、その構造を理解するのは難しいが、この楽器の面白いところでもある。

「鍵盤を押すと、ピットマン・アームが下がりパレット・バルブが開く。放すとバルブが戻る。リード自体はハーモニカと原理がよく似ていると思います。だいたいは、枠は真鍮、舌の部分(震える部分)は燐青銅でできています。音が出ない時はここにほこりやゴミ、消しゴムのカス、虫とかいろいろはさみ見込まれて音が出なくなることが多いです」。

リードオルガンの構造

(「リードオルガン修理の広場」より許可を得て転載)

細やかな音色やピッチなどもリードの占める要素は大きい。リードはオルガンの多くの要素を握っている。

「リードへの空気の当たり方が変わると音色が変わります。その仕組みを利用して同じリードでもストップを変更すると風が当たる角度が変わり、音色が変わります。リードの厚みやわずかな曲りが音色に影響与えます。リードの曲がりの角度が違うと音色が変化する。つまり修理の行程では音色を合わせるためにすべての鍵盤に対するリードを同じように加工しなければいけません。」

「修理が全部終わってからリードを入れてチューニングをして確認していきます。修理の流れはまずは音を鳴るようにすること、その後チューニングをするという順番になります」。

リードオルガンの構造

(リード)

リードオルガンは袋をいつかは張り替えしなければいけない。そこは必ず経年劣化が現れるのだという。それにより様々な状況が生まれる。

「修理前まで問題がなかったとしても袋を新しくするとそれで問題が出ることも多くあります。力の密度や勢いが変わるのでいろいろなところに変化が出てきますから全部を調整することになります。今までかろうじて持っていた状態だったオルガンが袋を変えたことで空気の勢いが良くなり、横から空気が漏れてしまうなど、いろんなことが起こります。袋はゴム布なので経年劣化で袋が硬くなってきます。だいたい10年から20年ぐらいするとどうしてもダメになる。フェルトや革を使用している箇所はどうしても虫が食います。革は弾力がなくなる。なので最低でも20年に1回は修理が必要です。ただ袋を替えれば多くは元通り、昔のようになります。」

大袋

(張り替えを受け、板も新調された「大袋」の部分)

一方で「装置に特殊なことはない」という。

「実際にリードオルガン自体は特殊な部品はほぼないんです。あえて言えばリードも含む金属部品ですね。ペダルの両脇のコイルも特殊ですが、作ってくれるところはあります。同じようなスプリングを作ってるところにオーダーすればそれは作れます。」

スプリング

(スプリングは特注することもある)

修理をしてゆく中で、演奏者や製造された環境、使用されていた状況などいろんなものに気がつくことがある。

「以前、修復した海辺にあったオルガンで、釘の頭が全部錆びているものがありました。海風が塩を含んでいるので鉄がさびちゃうんですよ。袋にゴム布を貼るときに釘で打ってあるんですが、錆びて釘の頭がポロポロ落ちてくる。それをひき抜くのに苦労したので”もうこの板使うのやめよう”と別の新しい板に変えました」。

釘穴

(釘/ネジの穴一つから楽器の来歴を覗い知ることがある)

また、時には他の修理者の姿勢や国内と海外製での事情の違いを発見することもある。

「共鳴箱は音響に影響があり、共鳴するような針葉樹の板を使ってます。修理の時にここに布を張っちゃう人がいます。そうすると振動しなくなって響きがおかしくなる。大事なパーツなんですが板が乾燥すると割れてきやすい。海外製は割と乾燥に強いらしくてあまり割れにくい。日本は昔と今で住宅事情が違うからか割れてしまうようです。あと国産のオルガンは木材に打たれている釘が錆びやすい。これは木場で保管されてる時に海水を吸ってるからかなと思ってます。さすがに舐める勇気もないので分かりませんが(笑)。」

共鳴箱

(共鳴箱はその材質が音に大きな影響を与える)

実際に修理を手がけるということは作られたオルガンへの設計思想などを確認しながらの作業となる。さながらそのオルガンの歴史との対話というところだろうか。大手メーカーが製作を止めた今、リードオルガンの楽器としての未来はなかなか簡単ではない。

「電気も必要なくて、いい楽器ですが、足をバタバタするのが最近の若い人は苦手のようで、だんだん使われなくなっています。足を動かさないと音が出ないし、修理も非常に手間がかかる。置く場所も取る」

と現在の日本の事情との関連を分析すると内容は険しい。

「1台修理するのに私は1ヵ月半ぐらいかかります。最初は4~5ヶ月かかってました。もし修理を生活にしている人なら1ヵ月半の生活費を修理代に乗せなければいけません。そうなると安い機種にはあまり修理にお金をかけられない。普及器でも高級器でも修理にかかる手間はあまり変わらないんですよ。作業自体は単純です。ただ、修理では61本分のリードに対し、同じような作業を繰り返さなければいけないので時間は必要です。さらに仕上がりを確認するためだけに一度組み立てて、ダメならもう一度やり直さなければいけない。どうしても時間はかかります。」

しかし、手をこまねいているだけではない。夫妻で協力して普及する活動を行なっている。特に演奏者にはリードオルガンの構造を知ってもらいたいという思いがある。

「オルガンを最初にばらしたときに“ああ、なるほど、こうやって音が出てるんだ”と言うのがよくわかりました。仕組みはリードオルガンの名の知れている奏者でも意外に理解していないこともあるみたいですよ。」

そうしたことへの取組みの一つが合宿によるリードオルガン修復講座である。夫妻でオルガンの構造や修理の知識を広めようと活動し、10年目を迎えている。

「伊豆の天城山荘を利用して2泊3日で開いてます。年に2回やっていて計14回、今までに開催しました。道具も全部持っていくのは結構大変なんですけどね。1回20名位が限度なので、それで14回。今までの参加者の延べ人数は260人ぐらいでしょうか。」

「少しでも多くのリードオルガンを状態良く残したい」という思いが話の端々から溢れてくる。『Reed Organ Hymns』は作曲者や演奏家、そしてそれを聴く人だけではなくオルガンという楽器に関わる人の思いも収録している作品なのである。

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鈴木りゅうた

札幌市出身。自身も音楽活動をしながら、2002年頃から様々な媒体で執筆。ジャズ専門誌「Jazz Japan」の年間アワード選考委員も務める。音楽評論を擬似音楽体験に出来ないか模索中。