修復家インタビュー (1/2)

伊藤信夫(リードオルガン修復家)

text by 鈴木りゅうた

演奏家にとって楽器は必ず必要なものであり、使用する個体の性格や状態は演奏のクオリティに大きな影響を与える。 リードオルガンは現在、国内での新たな製造は行なわれていない。 そこで危惧されているのは演奏家の育成だけでなく、楽器の保存とメンテナンスである。 “楽器を良い状態に保つ”という取り組みを広げようと活動しているのがリードオルガン奏者伊藤園子の夫・伊藤信夫である。 自動車の営業を経て、長年、不動産会社の経営をしていたという経歴の信夫が、現在では世界でも有数のリードオルガンの理解者である。 同じくリードオルガン愛好家で著名なゲラーマンに会った時のことを尋ねると信夫から「この時代にお前は変わりもんだと僕に言うから“you too!(あなたもね)”と言ったらニヤっとしていた」というエピソードを教えてくれた。 まさにマニアが認める世界トップクラスのリードオルガン愛好家である。

伊藤信夫

(伊藤信夫)

「修理は今までに79台のオルガンを手がけました。始めた当初は怖くて怖くてね。いちいち写真を撮りながらやっていましたよ。当時はカメラも今みたいなデジタルとは違い、全部フィルムで現像していたから大変でした。でもそうしないと外した部品がどこについていたのかわからなくなる。今では"この部品はここ!"と頭に入ってるから大丈夫ですが(笑)。分解を開始して外した部品は、組み上げる時は1ヵ月後。覚えるまでは苦労しました。」

「修理を始めたのは今から20年くらい前。家内がオルガンを弾いていて“ここが具合が悪い、あそこが具合が悪い”と言うので、それで首を突っ込み始めたのがきっかけです。最初の修理はボロボロのオルガンを中古で見つけて、それを思い切って分解したところからです。それでいろいろ理解しました。知り合いのオルガン修理専門家の和久井輝夫さんに電話で聞きながら教えてもらったりしてね。」

園子はその当時について「私がオルガンの中を見たいと言ったんです。中身がどうなっているのか私も見たかったので。それまで主人は全くオルガンの修理に興味はなかったんです。当時、原宿のいちょう並木に楽器屋さんがあって。そこに大正初期制作のリードオルガンを見つけて“これいいじゃない!”と音が出ないオルガンを買った。主人はもともと工作が大好きなのでさわり始めたら修理にはまっていきました(笑)。」

その時に修復したオルガンは今も自身で保有している。

最初に修理したリードオルガン

(最初に修理したリードオルガン 大正時代のヤマハ製)

「あの当時…1990年代はオルガン1台が中古市場では安かった。5万とか6万とかそれぐらいでした。あれは結構、古いものでどこかの博物館に置いてあったりするんですよ。今もとても大事にしてます。」

オルガンを開けたとき凄まじいほこりが内部にたまっていたという。そのため園子は咳と微熱が続いた。信夫は“リードオルガンの修理とホコリは切っても切れない”という。

「空調屋さんも原因不明の微熱がずっと続いたりして同じような病気になったりするらしいですね。でもホコリはいつも開けると何ともすごい量が入っています。仕組み自体が吸い込み式だからどうしてもホコリを吸い込みます。」

そのうち周りから少しづつ依頼を受けるようになっていったという。

「最初に買ったものは古いものだけど、それを直してちょこちょこやってるうちに、園子の友達から“家のオルガンがこうだからちょっと見てくれないか?”とか頼まれるようになりました。」

それからは古道具屋でリードオルガンを発見して買うこともある。また、ちょっとしたパーツであれば自作したりもする。これまでも自宅のテーブルや道具入れなども自作してきた。

「私はとにかく実際に作ってみるのが大好きなんです。オルガンの椅子も結構、自前です。オルガンは足をペダルで踏むのでバタバタするから結構、椅子に対してシビア。だから、古いオルガンは大体イスがないんです。そのうえ、オルガンは鍵盤の高さが全部違うので椅子の高さも変える必要があります。だから高さが変えられるようなオルガン用の椅子を作ったりしもしています。」

自作の椅子

(自作の椅子。リードオルガン用の椅子は座面が傾斜する。右は高さ調節が可能)

オルガン修理に完全に熱中した結果、自宅の地下室を工房にした。現在はその地下室とガレージを使用してオルガンの修理を行なっている。

工房

(工房にて筆者と伊藤信夫)

すべての事柄がリードオルガンと繋がった視点になっており、新しいテクノロジーでも古材でも修理に有益と考えれば取入れる。この日も木材を見せながら「このパーツはオルガンにとってすごく重要なリード蓋ですが、教会の窓枠をアルミに変えた時にその窓枠を使って作りました。ヒノキの良い木材だったので芯の部分を利用しました」。

教会の廃材と部品

(教会の廃材。右端がそれから削り出して作ったオルガン用部品)

では実際に修復にはどうした作業があるのか。大まかな構造や行程を解説を交えつつ教えてもらうことにした。

「ペダルを踏むと袋の空気を搔き出して、オルガンの袋が戻る時に吸い込んで音がしてる。だから大きく踏み込むと勢いがついて音が大きくなります。ボタンはストップと呼ばれていてリードを選んでいます。リードは複数あって、使用するリードを複数同時に使ったり空気の角度を変えたりしながら音色を変える仕組みです。ペダルを踏み込むと袋の空気をかき出し、袋が空気を吸い込んで音が出る。」

(「ストップ」を引いて使うリードを選択する)

園子も自身が行なうレッスンではこうした構造についての解説を積極的に取入れている。

「オルガンの仕組みを知らない人が多いから模型を作って説明しています。マイナスの空気で音を出している事についてのコントロールを教えたいんです」と語るとおり、演奏を把握するためにも構造を知ることは重要である。それにより演奏者は楽器との距離を縮める。奏法や音色への理解を深める影響は大きい。

その2に続く

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鈴木りゅうた

札幌市出身。自身も音楽活動をしながら、2002年頃から様々な媒体で執筆。ジャズ専門誌「Jazz Japan」の年間アワード選考委員も務める。音楽評論を擬似音楽体験に出来ないか模索中。